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◯シンポジウム

「日本画」そして「絵画」

天野一夫、岡村桂三郎、

間島秀徳、三瀬夏之介(11/28)

「家庭的であり宇宙的である」

 

先日あるドイツ人アーティストの展覧会を見に雨の金沢を訪れた。

その作品群はドイツ人特有のロマンティックな一面とヨーロッパの絵画的伝統の両面を引き受けており、作家とメディアの素晴らしい結実がそこにはあった。

 

その現場でふたつのことを感じた。

ひとつは、世界的に評価されているこのアーティストの作品に、彼の母国ドイツの香りを強く感じて驚いたこと。

文化の境界を越えて評価される作品に自国の歴史観が否応なく表出してしまうこと。無臭なイメージの所謂『現代美術』ではない、ドメスティックとユニバーサルの素晴らしい融合体がみられた。あ、ちなみに手元の日本語辞書を開くと『ドメスティック』⇒家庭的、国産的、『ユニバーサル』⇒世界的、宇宙的、とある。

 

もうひとつは、絵画を巡る諸問題や素材である支持体、油絵具などが僕にとってはあまり関係ないものなんだなという実感。

しかし実際そのアーティストの画肌はとても魅力的だった。思わず触りたくなるようなねっとりとした質感は絵画でしか味わえない魅惑に違いない。

そこに僕は描き手として描法の遠さを感じたんだろう。いや、接続不可能だと言ってもいい。

 

でもそれよりなによりそれらの作品群に思いっきり感動している30過ぎの奈良育ちの男がここに立っているということに驚いた。

 

今回の企画展のサブタイトルである「絵図」と「絵画」との間で、という言葉は金沢での経験と合わさってとても示唆的なものになった。

その瞬間僕の頭の中に「奈良画」、「地図絵」なんていう言葉が舞い降りた。

僕のここ最近の作品はポケットの中に入っているクシャクシャの地図のようなものかもしれない。地図とは計測的で筋道だった論理性を宿しているが僕の描く地図はそうではない。

日常的に暮らす奈良町にまだ知らない場所があるかと思えば、数年前に行った南仏のゴッホの墓に急にリアリティーを感じるような。歴史的建造物の立ち並ぶ観光地奈良よりは、生まれ育った無機質な新興住宅の方にリアリティーを感じるような、そんな地図のことだ。

 

頭の中はけっして抽象じゃない。多くの具象的なモチーフが転がっている。そんな感じがする。それらをマッピングしていくと驚くようなもの同士が隣り合わせることがある。それを地図上でどのように融合させていくか。強いて言えばその時に絵画的な問題が浮上してくる。夜に見る夢のようなそれを僕はハーモニーと呼んでいる。

 

あ、ちなみに辞書では『絵画』⇒線と色彩を手段として平面上に構成する造形芸術、『絵図』⇒家屋、庭園などの平面図、『地図』⇒地表面の状況を記号、文字、色彩を用い平面上に描き表したもの、とある。

 

そういった思いでここ最近、家庭的であり宇宙的なものを描き上げたいという大それた願いを持つようになった。それが両立するんだよ、と偉大なるドイツ人アーティストの作品は語ってくれていた。

 

でも一番問題なのは地図にしてもしきれないものを多く抱えながら立ちすくんでいる僕自身の存在だと思う。

 

ドイツ育ちの30過ぎの男に思いっきり届くことを夢見て。

三瀬夏之介

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