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『日本の絵』 exhibition view @アートスペース上三条

「富士」を絡めとった男

三瀬さんから今度「富士」を描くつもりだと言われたとき、私は思わず唸ってしまった。「富士」を描こうなんてなんと無謀な、なんと危険な賭けをやろうとするのだろうか。一瞬言葉を失いながらそう思った。

 

古来、夥しい数の画家たちが、「富士」を描いてきた。「富士」の美しさ、神々しさに魅了された多くの画家たちが、自らの眼と手でそれを捉えようとこの「富士」に挑んできた。だが結果は惨憺たるものだった。その9割9分の画家たちが、ものの見事に逆に「富士」に絡めとられてしまっていた。大家も例外ではない。雪舟しかり、光琳しかり、崋山しかり、そして横山大観しかり、梅原龍三郎しかり。その時代性と、その表現の独自性を絡めた「富士」を表現しえたのは、独断と偏見で言えば鎌倉の一遍聖絵、あるいは富士曼荼羅、近世以降の蕪村、芦雪、北斎、鉄斎などくらいか。

 

だがこのたびの三瀬さんの完成間近な作品の写真を見たとき、そんな杞憂は吹っ飛んだ。痛快なくらい面白いのだ。彼はあの「富士」を抜けぬけと、鈍く光る金色の金箔によるシルエットに仕立て上げてしまった。そして画面のそこかしこに点在する、墨、胡粉、金箔の錆びなどで描かれた不思議な形象やイメージが、まるでめまぐるしく変わるフラッシュ映像のように無造作に展開されている。三瀬さんの「富士」なんて、こんなものなのだ。でもこんな「富士」が、実に痛快で面白いのだ。

 

三瀬夏之介という男は、平成10年代半ばという時代と、自分自身を象徴化させながら、あの「富士」を、抜けぬけと見事に絡めとってしまった。

                               (山口大学助教授  菊屋吉生)

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