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「東北画は可能か?」

 

 「東北画は可能か?」というタイトルの展覧会を実現させたいと考えている。展覧会名が疑問型であるということは私にとって大事なことであり、下手するとそれはまったくもって不可能であったという結論に落ち着くことが真っ当であり、東北画は可能であった!という大団円を迎える方がうさんくさく感じられるようなものかもしれない。なぜならこの展覧会は、絵を描かぬキュレーターが「東北画」をキーワードにして独断的に作家をピックアップするような企画展ではない。作家自らが主導となり、あえて「東北画」という、あるのかないのかよくわからない地域設定を念頭におきながら、絵画を描き上げようという本末転倒した企てなのだから。

 

 この「東北画」というネーミング設定の裏にはもちろん「日本画」への問題意識がある。つまり「日本画は可能か?」というわけだ。

 私は京都での学生時代から、そして作家活動を続ける今日まで「日本画」という問いに悩まされ続けてきた。そしてその答えを見つけ出さぬうちに、とうとうこの4月から東北芸術工科大学の「日本画コース」の教員となってしまったのだ。まずもって作り手が自作のジャンル名に悩まされること、自身の肩書きに翻弄させられることほどバカらしいことはない。もちろん私の悩みというものはそういった類いのものではなかった。私と「日本画」の関係とは、「私はほんとうに日本人なのだろうか?」という切実な問いといつも深く結びついていたのだ。(いやー、ほんとぼくは一体何者なんだ?)

 

 「日本」という存在のリアルも「東北」という存在のリアルも、この意識ある「私」という存在から同心円のように広がっているように感じる。

 私がもともといた場所は「奈良」の「関西」の「日本」の「アジア」の「地球」の… そして今住むここは「山形」の「東北」の「日本」の「アジア」の「地球」の「宇宙」のどこ?

(いやー、ほんとここは一体何処なんだ?)

 さらに同心円は私の内部さえも貫く。私は「人間」の「男性」の「教員」の「絵描き」の「タンパク質」である。

 

 そんな曖昧な私が何かに動機を感じ、それに取り組むにおいて、深い苦しみと喜びを実感できること。切実に必要だと願い、寝ても覚めても脳裏から離れない、考えただけでワクワクし、一生の仕事として展開していけるだろうということ。それが「描く」ということと「私は誰だ?」という問いのことだった。

 

 さて「東北画」に戻ろう。私は今「東北画」を考えるために、日本画、洋画コースの学生たちと青森に来ている。眼前に三内丸山の縄文遺跡が広がるなか、この文章を書いている。

 早朝に山形を出発し、宮城、岩手と通り抜け、お昼過ぎにはこの青い森に到着した。幸いなことにこちらでは多くのアーティストと出会えたし、また「東北」という言葉では簡単に一括りにはできない多様な自然風土を感じることができた。

 ある著名な韓国人のアーティストとの対話では、東アジアの共闘を説かれ圧倒されたし、岩手に移住した絵描きからは、そこに住むという実感ある風土性と作品の関係について教えられた。また青森出身の学芸員さんは、これまで見たことのない「東北」が見たいと言った。地方の小都市である十和田に屹立する現代美術館の違和感、奥入瀬のまばゆいばかりにきめ細かな緑、恐山にいたってはとどめをさされたといったところで、「日本」だって「東北」だってちっぽけな共同の幻想でしかないというようなショックを受けた。

 

 私は何も知らないし、何も経験できていない。でも私は「描く」ことと「問う」ことを選んだ。「日本」と呼ばれ「東北」と呼ばれる世界に向かって想像の触手を伸ばすこと、グローバリズムであり、映像文化でありにメチャクチャに破壊されたこの私のイメージスケールをさらに拡張させること。

 そう、「東北画」はまったくもって不可能かもしれない。

 でもやるんだよ。

2009年 夏 三瀬 夏之介

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