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「MOTアニュアル2006」 exhibition view @MOT

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「奇景 〜ufo〜」2005年 和紙、墨、染料、金属粉 150号変

 三瀬夏之介は近年高まりつつある日本画ブームのなかで突出した絵描きである。

 「日本画家」ではなく「絵描き」と書くのは、彼の絵が「日本画」や「現代美術」といった制度的なジャンルにかかわらず、「描写の現代性」を獲得しているからだ。その絵は三瀬が暮らす奈良の風景画だ。日本画の素材と技法を用いてはいるものの、画題がそれらに縛られることはなく、さまざまな図像を縦横無尽に描き出している。見るも巨大な大仏があるかと思えば、五重塔の背後には大魔人の影が不気味に立ち上がり、UFOからの攻撃すら目に入る。唯一無比であるはずの富士山が雨後の筍のように乱立し、高層ビル群から発せられているのは得体の知れない電波である。こうしたイメージの混淆的な乱舞はサイバーパンクやRPGの世界観とも底通しているが、三瀬の絵は単なる未来予想図ではないし、箱庭的な空想の物語でもない。

   「ぼくが見ているのは、あくまでも現在の奈良なんですよ。」

 目前の風景を描きながらマッピングしていくという意味では、ある種の『地図絵』に近いのかもしれません」。それが奇想天外に見えるのは、内面的なカオスが表出したというより、現実世界のほうが虚構と限りなく一体化して混沌としているからである。たとえば、絵巻のように次々と和紙を継ぎ足しながら無限連鎖的に画面を拡張させていく「奇景」シリーズの手法は、たえず増殖と変転を繰り返すとらえどころのない現在の世界を、どうにかして把握して自らの位置を確認しようとする構えの現われにほかならない。目を凝らしてみると、そこには現実社会の時間制とは異なる、独自の「速度」が見出せるはずだ。

   「空虚を充填するような理想をかたちにしたいんです。」

 三瀬が描写の先に見ているのは、こうした不安定な社会に蔓延する虚無感を乗り越える具体的なヴィジョンである。そして、おそらく三瀬は、まだ見ぬその理想をたんにイメージの図像として提示するのではなく、日本画に独特の材質的な物質性を手がかりにしながらそれを形象化しようとしているのだろう。何枚もの和紙を継ぎ足しながら墨や金箔、胡粉、そして錆といった画材を時に荒々しく、時に繊細に使い分けることでイメージを膨らませていく描写法は、21世紀の高度な情報社会にあって新鮮な魅力を放っているが、それは土着的文化への回帰などではなく、むしろ自然の物質性が記号や情報が浮遊する現在の透明な空間に打ち込む楔として依然有効であることを如実に物語っているのである。

   「描写という原点から、ホンモノとニセモノを見定めていきたいですね」。

 世界が虚無主義へ大きく傾きつつある今だからこそ、楔は打ち続けなければならない。

                                         福住廉 

            「ZERO ZERO GENERATION NIPPON 2 」『美術手帖』2006年7月号

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「奇景 /日本の絵」2005年 和紙、金箔、墨、染料、金属粉、アクリルなど 十曲一隻両面屏風

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関連トーク 町田久美×三瀬夏之介(3/5)

  日本画は古くさいか?和紙に墨は古くさいか?

  うん、古くさいだろう。

 

 身近でテロや戦争が起こりネット社会によりグローバル化していくこの時代に、日本画なんて何の効力も持たないことは間違いない。なのになぜ日本画は、いや芸術はこの世からなくならないのだろう?

 私は最近、日本画を日本語と読み替えることがある。成り立ちが違う、単語や文法、も違う。日本語は外国では通用しない。しかし日本語にしか言い表せないようなニュアンスというものがある。日本画特有の技法、水による表現、筆による筆触、和紙の肌合い、それでしか言えないようなニュアンスが必ずある。ただ、花鳥風月に代表されるような価値感、決まりきった技法の遵守にはまったく意味がない。日本語と同じで、日本画も時代の影響を受けて変化する。江戸時代の日本語と平成時代の日本語は違うものだ。いやこの時代でさえ東北と九州の日本語では違いがある。

 私は日本画の(日本語の)私らしい話し方でこのニュアンスを伝えたいだけなのだ。

 「古くさい」とは、「新しい」ということと相対的な関係において発見されることである。新しいものに価値があり、進歩、進化をみなで突き進むような時代はもう終わった。今のこの世界には「古くさい」と「新しい」ではなく、「本物」と「偽物」が転がっている。そしてそのどれもが深い実感をともなって、私の頭の中の地図に転がっている。

 どれが「本物」でどれが「偽物」なのか、どれが「必要」でどれが「不必要」なのか、私は自分の「地図絵」の中で見定めていきたい。

                                      2005年11月

                                       三瀬夏之介

[インタビュー]

Q作品について、また作品を通して伝えたいことなどをお話ください。

 

「奈良」と「富士山」、これらは自分と世界との関係を切り結ぼうと考えた時、どうしようもなくまとわりついてくる切実なものなのです。それらを手繰り寄せ、一度ゆっくりと眺めてみなければと思ったのです。

 「奈良」は僕が生まれ育った場所です。「奈良」というと、一般的に浮かぶイメージというものがあると思いますが「富士山」もそうです。それには手垢にまみれた固定概念があります。

周りの世界にリアリティーを持とうと「奈良」の足下から探っていくと、そこに「富士山」が現れたのです。「奈良」から「東京」へ移動する時、「富士山」はランドマーク的な存在になります。車窓から見える「富士山」の、時間と空間の中で変わりゆく姿を、手の動くままに描いていくと、大小様々な大量の「富士山」が生まれたのです。

これが現在の僕の、どうしようもない世界の見え方なのです。

「奈良」についてですが、僕が育ったのは「奈良」とはいえ、無機質でどこにでもあるような新興住宅街です。でも自分の足下を見つめなおそうとした時には、外すことができない場所なのです。最初は「古都奈良」ばかりが見えていましたが、歩き回るうちに「古都奈良」と「新興住宅街の奈良」が、なだらかに繋がっているのを感じました。もちろんそれらは「富士山」へも繋がっています。

出品作の「奇景」は左から右に描き継いでいく、終わりのない作品です。これは一生描き続けるという決意表明でもあるのです。    

今日描いたものと明日描くものがモチーフとしては繋がっていないとしても、自分の頭の中ではなだらかにつながっています。現在この作品の左端から右端では約3年の時間の流れがあるのですが、そこには自分自身でも驚くようなイメージの変化があり、生き物のような増殖性は、ネットサーフィンや夜見る夢を連想させます。

今回の展覧会のテーマは「日本画」ですが、さらなる地方色やローカル的なものとして、「奈良画」というものが僕の頭にあります。日本で絵を描くことで、各々の場所に必然的に生まれてくるものがあっていいと思っています。きっとそれが世界に突き抜けていってくれるはずです。

 

Q 三瀬さんは自分にとって必然性のあるものを表現していますが、その作品を展覧会に出品し、見てもらうことについて何かお考えはありますか?

 

今回、「奈良」で作った作品が「東京」に展示されることを僕はとても面白いと思っています。絵は視覚的な表現なので文化の違いを越えるといいますが、「日本画」という言葉や文法というのは、それだからこそ表現できるものがあって、翻訳されると違うものになってしまうこともあるのではないでしょうか。暗中模索の作業だけれど、そこにも可能性があると思っています。間違い、誤訳までも含めた、今までにない見え方が現れはしないかと期待しています。

「日本画」という言葉が「東京」でどう受けとめられるのか、「奈良」の言葉がどう受けとめられるのか、とても楽しみです。

 

2005年11月3日収録

 

 

Isn’t nihonga old-fashioned? Isn’t sumi on paper old-fashioned? Yes, it probably is.

 

It is certain that nihonga has little effect on the world that is ravaged by war and terrorism and the expanding globalization caused by the internet society. If so, why does nihonga and art remain in the world?

Recently, I sometimes reread nihonga (Japanese-style painting) as nihongo (Japanese language). It has a different background, a different grammar and vocabulary. Japanese is not understood in foreign countries, but there are nuances of meaning that cannot be expressed in any other language. There are also nuances that can only be expressed in nihonga with its special techniques and expression that depends on water, the touch of the brush, and the texture of hand-made Japanese paper. However, there is no meaning remaining in the old values of kacho fugetsu (flowers and birds, wind and moon) or a blind adherence to techniques fixed in the past. Like the Japanese language, Japanese-style painting is influenced and changed by the times. The Japanese language of the Edo period is different from the Japanese language of the Heisei period, the present age. Even today, Japanese in northeastern Japan is different from Japanese in Kyushu.

I only want to convey the nuances of nihonga (nihongo) in my own way of speaking.

What is “old-fashioned” is discovered in comparison with the “new.” The age has ended when everyone saw value in the new and moved forward, trying to make progress and evolve. In today’s world, things are “real” or “false” rather than “old-fashioned” or “new.” Both are placed on a map in my mind with a strong sense of presence.

What is “real” and what is “false?” What is “necessary” and what is “unnecessary?” I want to find this out in my map picture.

November 2005

Mise Natsunosuke

 

Interview

Q Please tell me about your work and what you are trying to say through it.

When I think about trying to connect Nara (the ancient capital of Japan) and Mt. Fuji with my own world, I feel something extremely poignant connected to it. I wanted to take hold of these places and look at them carefully.

Nara is the place where I was born. There is an image that generally arises when people hear the word, “Nara,” and the same is true of “Mt. Fuji.” There are fixed preconceptions that have been soiled with handling over the years.

If I try to give reality to the world around me and look under “Nara,” I find “Mt. Fuji” there. When I moved from Nara to Tokyo, Mt. Fuji became a landmark for me. My hand moved naturally to paint the form of Mt. Fuji as seen from the train window, always changing in time and space, and many large and small paintings of Mt. Fuji emerged.

“Nara,” where I was born and raised, is now the site of artificial-looking new housing developments that might be found anywhere. When I decided to take a second look at what was under my feet, however, it was a place that I could not get away from. At first, I could only see the “ancient capital of Nara,” but as I walked around I began to feel that the “ancient capital of Nara” and the “new housing area of Nara” are gently connected somehow. Of course, they are also connected to Mt. Fuji.

The work I am showing in this exhibition, Kikei(Strange Landscape), is painted from left to right with no end. It is a statement of my intention to continue painting my entire life.

The things I paint today and the things I will paint tomorrow may not be connected in terms of motif, but they are somehow connected in my own mind. There are three years of time contained in this work, moving from the left side to the right side, but the images have changed in a way that even surprises me. The way they proliferate like living creatures recalls net surfing or the dreams we see at night.

The theme of this exhibition is nihonga (Japanese-style painting), but I am thinking of something more regional and local, which I could call Naraga (Nara-style painting). When painting pictures in Japan, I think there are things that inevitably emerge from different places. They will eventually break out into the world.

Q: You are expressing things that are necessary to you, but what do you want people to see when you show your work in this exhibition?

On this occasion, I think it will be very interesting to show the works I have made in Nara in Tokyo. Since paintings are visual, it can be said that they transcend cultural differences, but there are things that can be expressed in the language and rhetoric of nihonga because of its nature, and I am afraid that it will come out differently in translation. These works are created through a process of trial and error, and I think this fact holds out certain possibilities. I am hoping that people will see them in ways different from anything in the past, including seeing them in a wrong or mistaken way.

I am looking forward to seeing how the language of nihonga, and the language of Nara, is received in Tokyo.

Recorded on November 3, 2005

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