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『日本の絵』 250×650㎝ 2006年 和紙、金箔、墨、胡粉、アクリル

東京国立近代美術館寄託

neutron2006

「日本の絵」 exhibition view @gallery neutron

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ニュートロン移転後の初の展示となる個展。壁面いっぱいに広げられた黄金の絵画は「日本の絵」と題され、日本的なるものの象徴として富士山をモチーフに挑んだ大作。実は連結した和紙のみに支持されている作品の為、まるでテントシートのように畳んで運ばれてくる。会場の微かな空気の流れによりひらひらと揺れる動きは、光の反射も伴って幻想的である。金箔は箇所によって厚みが異なり、メインのモチーフである富士は一際まばゆい輝きを放っている。両脇には小品、ドローイングなどが展示されている。この後に続く2005~2006にかけての大作平面の方向性を示唆する作品であった。

●京都新聞美術欄に批評文掲載(筆:太田垣實氏)

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 「日本画」では無い。今回、三瀬が提示するのは「日本の絵」だ。これまでにも日本画あるいは美術そのものに対する強いアンチテーゼを孕む一方、王道とも言える力技と子供のようなファンタジーによって私達を魅了してきた作家が投げかける言葉には、かなりの決意が込められているように感じる。「日本画」という美術界の中の範疇はもはや彼にとって肯定も否定も済ませた抜け殻に過ぎず、自らが切り開く地平のみを見定めているとすれば、あまりにもシンプルに聞こえるこのタイトルが持つ意味は大きい。彼が「日本」という出自を愛し、自らのアイデンティティをその単語の中にしっかりと認識してなお、大上段に構えて降り下ろす刀には「日本」と刻み込んでいるのは現代の日本を清濁合わせ飲んで愛し、牽引していかんとする決意の現れであるからだ。昨年秋の日経日本画大賞展において最年少ノミネートされ一躍時の人となった彼は、もはや従来の「奈良(地元)」や「関西」という括りではなく、「日本」というローカルにポイントを移したのだ。その先には、当然世界がある。

 彼の生み出す作品は平面を基本としながらも時として立体作品であり、インスタレーションでもある。しかしそれらは鑑賞者の多くに難しい解釈を要求することなく、ダイレクトに影響を及ぼす力強さにおいて共通している。私達は彼の作品を見る時、邪念を捨て、まるで童心に帰るかのような無邪気さをもって対峙することさえできれば、彼の作品の持つあまりにも大きい包容力と壮大な夢物語に浸ることができる。彼の描く光景は子供の夢であり、それは大人になっても捨ててはならない純粋な気持ちでもある。それらは主に日本画の材料として知られる画材や顔料はもちろん、どこにでも落ちている木切れやゴミのような物体で成り立っている。すなわちそれらは合成着色料を排した有機物の塊のような物体であり、天然肥料と純粋培養によって育まれた夢想はその物体に魂を宿す。「土着」という言葉が似合う作家でありながら、一方で現代的な問題意識とグラフィックセンスが際立ち、実に見事に調和・配合されている。これほどのバランス感覚と力強さに溢れる作家は、そうは居ないだろう。それこそが三瀬作品の最大の魅力でもある。

 「日本の絵」として描かれるのは、富士山であると言う。ここにきてなぜそこまで「日本」的なモチーフが登場するかは、彼の言葉を聞くしかない。彼は富士山に登ったことが無いと言うし、そのリアリティーの欠如ですら作品に活かそうとしている。しかし私が思うに彼は純粋に富士山を日本の象徴として捉え、古来から脈々と受けつがれ描かれてきた富士山にオマージュを捧げると同時に、「日本一大きなモチーフ」と対峙することの喜びを感じて描こうとしているのでは無いか。そうすることによって彼の絵はさらなる力強さと日本人が共有する多くの感覚を飲み込み、作品としての唯一のリアリティーを手に入れる。そしてその富士は、今回はパネル張られていない和紙に描かれる。その和紙は一面、金の箔を帯びている。まさしく「金の富士」である。画家・三瀬夏之介が2005年に描く富士は、後生にまで語り継がれる「日本の絵」となるのだろうか。荘厳な輝きと存在感を全身で受け止めるもよし。まるで銭湯に漬かるがごとくのほほんと眺めるもよし。富士山も日本画も、そして美術というものも、誰からも愛されていくならば三瀬の本望か。

                              ニュートロン代表 石橋圭吾

 

『日本の絵』 コンセプトシート         

●個展名『日本の絵』について

「日本画」を出自としている私にとってどこに表現の枠組みを設定するかということはとても大きな問題であった。「日本画」という枠組み自体を問い直そうという動きもあるが、既存の枠組みにおける私の作品の位置は「日本画」としては新しい、しかし「芸術」という枠組みにおいては無視できる存在であったと思う。

新しい「日本画」では最終的には「日本画」に回収されてしまうし、「日本画」に寄りかかった制作は「今」を語りえるものではなかった。

最近私は「絵」ということが気になるし「今」ということも気になる。

「今」を写す限りであるならば「絵」である必要はないし「芸術」である必要もない。実際様々なメディアに興味があるし、私のまわりを日々様々な情報が通り過ぎていく。まだまだ31歳である私にとってその情報たちは無視できるものばかりではない。

早く仙人のような高みの境地に達したいものだ(笑)

私は高校生に「絵」を教えている。彼らから日々産み出されてくる作品を眺めていると、「芸術」において一番手っ取り早いメディアは紙と鉛筆ではないかと思うことがある。今流行りの写真、映像などは私にとっては情報としてしか映らない(もちろん無視できるものばかりではないが)。それよりは彼らのラクガキに腰の砕けるような衝撃を受けることが多い。

今回の個展に出品する作品の枠組みに『日本の絵』という言葉をあててみたい。

「日本」に住み「絵」を描こうとしている私にとってはあまりに当たり前の言葉なのだがこれが難しい。自身の存在としての枠組みが「日本」にあるのか「奈良」にあるのか「人間」にあるのか、はたまた別のなにかがあるのか判断しえないからだ。

が、とにかく私は今回『日本の絵』を描く。この意思だけは確かなものだ。

●出品作品について

モチーフは「富士山」。

最近制作をしていて「リアリティー」とは何かということを考えることが多い。「絵」における「リアリティー」の創出のひとつとして遠近法があある。圧倒的な大きさであまりにも雄大にたたずむ「富士山」は私の目には遠近法を超越して映る。

また「奈良」から「富士山」への遠い遠い道のりは、そこへ辿り着くまでの長い距離、時間を圧縮して描かなければばらないことを私に強いる。

つまり私は「富士山」と「富士山と私の距離」を描くつもりだ。

「絵」における「リアリティー」を追求していくと「触覚」と「完成」という問題が見えてきた。

今回の作品はパネルに張っていない和紙に直接描いていく。しわはできるし、のせた絵具は水たまりのよう。最悪の場合やぶれてしまうこともある。しかし、しわはときに山脈を連想させ、水たまりは海を思わせる。さわって、こすって、もんで、やぶって、みがいて。

また展示では3×6メートル程になるであろう色面の広がりは和紙をつぎはぎしていくことにより最終的に「完成」をみない。もちろん3×6メートルの和紙などあるはずもなく、この作品は6センチ四方の小さな和紙片から増殖していった。

「絵」における「色」の問題はとてもやっかいだ。

「絵」は「色」だと言うこともできる。あまりにも直感的で主観的な「色」を今回は抑制してみようと思う。

背景は金地一色。「金」は「色」とも言えるし「光」とも言える。また「色」は「光」だとも言える。これに墨と胡粉という明暗を表す「色」以外の画材は使用しない。

ところで私は「富士山」に登ったことがない。一度登ってしまうと登る経験のない時の「富士山」は二度と描けない。

登ることが「リアリティー」なのか?

登ったことのない「富士山」を描くことは「リアリティー」ではないのか?

 

この「絵」が完成した今年の夏、初めて「富士山」に登ろうと思っている。

                                     三瀬夏之介

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