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『奇景』 2006年  exhibition view @gallery neutron

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◯関連トーク:石橋圭吾×三瀬夏之介(10/22)

 

 三瀬夏之介は今や、日本で最も注目される若手作家のひとりであり、「日本画」の内外でその噂は絶える事が無い程の活躍ぶりである。昨年の5月、ニュートロンで発表した黄金の絵画「日本の絵」公開時から今に至るまで、大規模な展覧会招致と受賞を重ね、そしてまたここで新たな作品を見せてくれる。
  思えばまだ「ミクストメディア」と本人が称していた時代(ほんの数年前であるが)から、昨今の「日本画」考察を経て独自性と世代性を象徴するキーワードとして敢えて「日本画」を殊更に称して以後、確かに彼の美術としての立ち位置は明確になり、批評の対象となった。三瀬はそもそも京都市立芸大の日本画専攻卒なのだから「日本画」を名乗ることは間違いでも筋違いでもなかろうに、一方で自身の中にその言葉に対するアレルギーと反発心をずっと抱いており、それが制作のエネルギーの源でさえあったと思う。しかし今、彼は堂々と「日本画」を名乗り、もはやそこを通過しようとしている感がある。所詮ジャンルやカテゴリー等、一時的な分類の表記に過ぎず、恒久的なものではない。作家としてもその危うい名前に捕われていたのでは表現の広がりなど望めず、さりとてジャンル間の交流といった今日的手法も一通り試されてしまった今日。だからこそ、根本的に何かを描きたいと思う気持ちの有無が、星の数程の「作家志望」の者達との決定的な差になるのだと感じる。
  そう、三瀬は例え洋画だろうと水墨画だろうと、「絵」を描くことが命であり、己に体現できる最高の表現なのである。
  今年1月の東京都現代美術館のMOTアニュアル「No Border 「日本画」から/「日本画」へ」では最も異彩を放ちながら王道を感じさせ、贔屓目で見なくても一番秀でていたと素直に感じられた。3月には五島記念文化財団の美術部門新人賞を獲得、その結果来年の春から1年間のイタリア留学が決定している。この夏は開催された安曇野市豊科近代美術館の夏休み企画展に参加し、いよいよ長く濃密なシーズンのひとまずの締めくくりに向かおうとしている。※今展終了後、11月には第3回東山魁夷記念「日経日本画大賞展」にも再び選出が決定している。
  楽しみなのは彼の描いてきた日本の現代の風景(それは古来から受け継がれてきた山紫水明も含めて)、土着的ファンタジー、そして少年のようなSF的夢想の混在する光景が、イタリアの地に羽ばたいて以降、どのように変化するのか・しないのかである。彼が帰国後に報告展を開催するのは2009年の予定なので、それまでは暫くお預けとなってしまう。だが私を含めてファンとしてはやはり彼の一挙手一投足から目が離せない。私たちの人生に決定的な影響を与える絵があるとすれば、きっと彼の手によるものではないかと信じてやまないからだ。大仏もUFOも富士山も三瀬にとっては現代のファンタジーであるとともに普遍的なアイコンとしての存在でもある。では「日本」という国を出た時、世界中の人々を驚嘆させる絵画には果たして何が描かれるのか?そのヒントは既にこの幻想的な誕生と破壊の世界「奇景」に描かれているのかも知れない。                               

                              ニュートロン代表 石橋圭吾

 

 

 朝、目が覚める。熱いシャワーで体が覚める。ベランダに出ると五重塔と若草山が出迎えてくれる。家を出て数十分車を走らせると丘の上にオレンジ色の建物が見えてくる。僕はここで高校生たちに美術を教えている。

3時過ぎに授業が終わると美術部員たちとの制作の時間が始まる。ググッと集中の続く静かな日があったり、テンション高く盛り上がる日があったり、進路相談や恋愛相談を受けたりすることもあるが、とにかく筆は動き続ける。

帰宅すると、とある「日本画」関連の展覧会への出品依頼が届いている。よし!明日からは「日本画」を描いてやろうと意気込むが、次の日には布にペンキで文化祭の横断幕を描いていたりもする。

ある展覧会の締めきりに合わせて会場空間をイメージして描くこともあるし、コレクターからの依頼に合わせてその人をイメージして描くこともある。いわゆる「日本画」に対して挑戦的に歴史に残る作品を残してやろうと野望に燃えることもあるし、何の発表のあてもなく歴史的な意識もなく、ただ筆の動く喜びに身をまかせて描き続けることもある。

 これは世代的な特徴なのか僕個人に由来することなのか解らないが、一晩眠って朝を迎えると昨日の自分とは違う、空にリセットされた自分を感じる。過去との断絶とまで言うと大袈裟だけど、今までのことに縛られることなくその日の気分で描き続けることが平気でできる。柔軟だとも言えるが無節操だとも言える。

 今回の出品作「奇景」はそんな日常生活の中でとにかく筆を動かし続けた痕跡だ。そこにはとても深い理解もあるだろうし、流行りにのっかただけの浅はかな理解もある。体調の良いとき、絵に向かいたくないとき、落書きのような部分、人類の普遍へと突入した奇跡のような部分(それが一部にでもあれば幸いだ)様々な見え方が混在するだろうが、天啓はいつ舞い降りてくるかわからない。

僕はそれをいつでもキャッチできるように毎日描き続ける。死ぬまでに2、3でも奇跡的な真実に出会えるといいのだけど…

 

さぁ、明日も仕事だ!

                             2006年 夏 三瀬夏之介

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